家族信託は公正証書で作るべき?
2024年01月26日
自分で財産を管理できなくなった時のことを考えて、家族信託を検討する方もいます。
家族信託を選択すると、特定の財産管理を家族に委託でき、万が一認知症などに罹患して財産管理ができなくなったときにも安心できます。
今回は、「家族信託の契約書」について、知っておくべきことを解説します。
契約書を私文書として作成するときと、公正証書として作成するときのメリットやデメリットもお伝えします。
また、契約書の種類によって、将来起こり得るトラブルを回避することも可能になります。
大切な財産をより良く管理するためにも、ぜひご一読ください。
||家族信託には契約書が必要||
家族信託とは、将来、自分で財産を管理することが難しくなったときのために、家族に財産管理の権限を与えておくことです。
権限は財産ごとに決定できるので、特定の不動産のみを家族信託を実施することもできます。
家族信託では、次の三者が登場します。
委託者:財産の所有者。受託者に財産管理の権限を委託します。
受託者:財産の管理者。委託者から財産管理の権限を委託されます。
受益者:受託者による財産管理によって発生した、利益を得る人。
※一般的には、委託者=受益者となります。
家族信託の契約は誰と誰が結ぶのかというと、委託者と受託者です。
ここで、契約が成立したことを証明するため、契約書の作成が必要です。
個人的に作成する私文書でも問題はありませんが、公正役場で公正証書として、作成が可能です。
||家族信託契約書を公正証書にするメリット||
家族信託契約書は私文書として作成が可能ですが、公正証書として作成するとメリットがあります。
どのようなメリットがあるかというと、下記の3点です。
・本人の意思に基づく契約であることを主張しやすい
・紛失・盗難時は公証役場で再発行が可能
・信託口口座を開設できる
下記に詳細を記します。
・本人の意思に基づく契約であることを主張しやすい
公正証書を作成するときは、契約者本人の意思に基づく契約書であることを、公証人が確認します。また、契約者自身が契約内容について理解していること、納得していることも確認します。そのため、公正証書として家族信託契約書を作成しておくと、契約者本人の意思に基づく書類であると主張することができます。
一方、私文書として作成した場合、公証人の関与の元で契約者の意思に基づくことを証明できません。第三者から「受託者から強制されて作成したのでは?」と疑われる可能性もあり、書類の有効性について訴訟などに発展するケースも考えられます。
・紛失・盗難時は公証役場で再発行が可能
公正証書を作成すると、契約当事者に正本が渡されます。
万が一正本が盗難・災難などで失われたときは、公証役場に伝えれば簡単に再発行できます。公正証書の原本は作成した公証役場で管理されるため、たとえ何度失くしても再発行でき安心です。
・信託口口座を開設できる
財産を信託管理するときは、「信託口口座」または「信託専用口座」を使用します。
信託口口座とは、信託法に基づいて受託者が委託者から委託された金銭を管理するための専用口座です。口座名義は委託者と受託者の連名となり、信託口座であることがひと目で分かります。
信託口口座を利用することで、口座内の資産は信託財産の一部であることが明白になり、受託者個人の財産とは完全に分別して管理できることがメリットです。
また、受託者が破産・差押された場合でも、信託口口座は強制執行の対象となりませんし、受託者が委託者・受益者より先に死亡した場合でも受託者個人の相続財産とはなりません。
一方、信託専用口座とは、委託を受けた金銭を受託者自身の名義で管理する普通口座です。見た目は普通の口座と同じですが、信託契約書内に口座番号を記すことで、信託専用の口座であることを示せます。
しかし、信託専用口座はあくまで受託者個人の口座に過ぎないため、金融機関では信託財産として預金口座を管理していません。
そのため、受託者の破産や差押があった場合や、受託者の相続が発生した場合には口座は凍結されてしまうというリスクがあります。
ほとんどの金融機関において、私文書による契約では信託口口座を開設できません。信託財産をほかの財産と明確に区分けするためにも、家族信託契約書を公正証書で作成し、信託口口座を開設するようにしましょう。
||家族信託契約書を公正証書にしない場合は||
もしも、家族信託契約書を公正証書ではなく私文書として作成すると、次のような事態が起こる可能性があります。
・紛失・盗難時に契約内容を証明できない
・親族から訴訟を起こされる可能性がある
・金融取引などの契約時に公正証書での提示を求められる可能性がある
それぞれ詳細をみていきましょう。
・紛失・盗難時に契約内容を証明できない
私文書として家族信託契約書を作成した場合、紛失・盗難時には契約内容を証明できません。
契約当事者が契約書に記載した内容を一字一句正確に記憶していたとしても、その記憶が正しいことは証明できないため、契約は無効になってしまいます。
私文書として作成した家族信託契約書を紛失・盗難した場合は、新しく家族信託契約を締結することになります。
しかし、失われた契約書を作成した時点とは状況が変わっている可能性もあり、同じ内容での契約は難しいかもしれません。
・親族から訴訟を起こされる可能性がある
信託する財産によっては、受託者が一方的に利益を得ているように見えることがあるかもしれません。
親族から疑われ、信託契約を無効とする訴訟に発展する可能性もあります。
私文書として家族信託契約書を作成している場合は、将来紛争になった場合には、委託者の意思に基づいて契約がおこなわれたのかが争われる可能性があります。公正証書として家族信託契約書を作成している場合は、公証人によって契約当事者の意思が確認されているため、訴訟を起こされても契約の有効性を示すことが可能です。
私文書で作成する場合において、将来委託者の判断能力について争いになる可能性がある場合は、契約締結時点に本人の判断能力があったことを証明できるよう「医師の診断書を取り付ける」、「信託契約締結の過程を委託者本人の音声、動画で記録を残しておく」などの対応をしておくとよいでしょう。
・金融取引などの契約時に公正証書での提示を求められる可能性がある
信託口口座を開設するときは、私文書による信託契約では受け付けてもらえない可能性が高いです。
また、信託不動産を担保とする融資を受ける場合も、信託契約書が公正証書によって作成されていないときは受け付けてもらえないかもしれません。信託不動産を売却するなど、第三者に信託契約書を提示する場合もあります。その際、私文書では受け付けてくれない買主もいるかもしれません。
信託口口座の開設などの金融機関での手続きには、信託契約を示す証拠書類が必要になることが一般的です。
ですが私文書では証拠書類とならないため、公正証書の提示を求められるケースも多いでしょう。
||家族信託契約書を公正証書にするデメリット||
メリットの多い公正証書ですが、いくつか注意点もあります。家族信託契約書を公正証書として作成する場合のデメリットとなり得る点をあげてみましょう。
・契約に時間がかかる
・公正証書の作成費用がかかる
・希望通りの契約内容にできるか
それぞれ、注意点を解説します。
・契約に時間がかかる
公証役場は予約して利用するため、いつでもすぐに公正証書を作成できるわけではありません。また、依頼してから公正証書案ができあがるまでには、2週間程度かかることがあります。公証役場の混み具合にもよりますが、家族信託契約書を作成しようと決意してから完成までに、1ヶ月ほどかかることも珍しくありません。
一方、私文書なら曜日や時間を問わずいつでも作成可能です。今すぐ作成したいときや、契約までにあまり待てない場合は、私文書での作成も検討できます。
・公正証書の作成費用がかかる
公正証書を作成するには作成費用がかかります。また、司法書士などに手続きの代行を依頼する場合は、作成費用に加えて専門家報酬も必要です。詳しい費用については後述します。
一方、私文書を作成するときは、費用は一切かかりません。コストをかけずに家族信託契約書を作成したいときは、私文書も検討できます。
・希望通りの契約内容にできるか
公正証書として家族信託契約書を作成するときは、委託者・受託者で話し合って決めた契約内容を公証人に伝え、公証人が文章としてまとめていきます。公証人の意向によっては、公証役場指定の雛形を使用するなど、依頼者が望む契約内容に反映してくれない可能性があります。また、信託口口座開設にあたり、金融機関から契約書の内容の一部について変更をしなければ対応できないと言われる可能性もあります。
私文書として作成する場合であれば、契約当事者さえ納得していればよいため、自由度の高い契約を締結できます。
||家族信託契約書を公正証書として作成する手順||
以下が手続きの流れです。
1.当事者で契約内容を話し合う
2.公証人との面談を予約する
3.公証役場で必要書類を提出する
4.公正証書に間違いがないか確認する
5.費用を支払い正本・謄本を受け取る
1.当事者で契約内容を話し合う
公証役場に行く前に、まずは委託者と受託者、受益者の間で契約内容を話し合います。信託財産の範囲や財産管理の方針など、細部まで決めておきましょう。
話し合った内容を紙にまとめておくと、誤認がなくなり、当事者間でトラブルが起こりにくくなります。また、公証役場でも、契約内容を抜け漏れなく公証人に伝えられるようになります。
2.公証人との面談を予約する
最寄りの公証役場で面談の予約をします。予約をする際に、必要な書類についても確認しておきましょう。
司法書士などの専門家に公正証書の手続き代行を依頼する場合は、公証人との面談を予約する必要はありません。公証人との対応もすべて司法書士などに任せられるため、公証役場に行かずに公正証書を作成できます。
3.公証役場で必要書類を提出する
専門家に依頼せずに公正証書を作成するときは、約束した日に公証役場に出向き、次の必要書類などを提出します。
・本人確認書類
・信託する不動産の登記事項証明書
・信託する不動産の固定資産税評価証明書
・印鑑
4.公正証書に間違いがないか確認する
依頼してから証書の作成までに2週間ほどかかります。予約した受取日時に再度公証役場に出向き、公証人が作成した公正証書に間違いがないか確認します。
5.費用を支払い正本・謄本を受け取る
公正証書に間違いがないときは、費用を支払って正本と謄本を受け取ります。公正証書の原本は公証役場が保管します。
||家族信託契約書を公正証書として作成する費用||
費用面も実際に気になる点かと思います。
・公正証書の作成にかかる費用
・司法書士などに手続き代行を依頼する際の費用
この2点になります。
それぞれの目安を紹介します。
※契約当事者が公証役場に出向いて手続きの際は、司法書士などへの専門家報酬はかかりません。
・公正証書の作成にかかる費用
信託金額によって異なるため、下記でご確認ください。
信託金額 手数料
100万円以下 5,000円
100万円超え200万円以下 7,000円
200万円超500万円以下 11,000円
500万円超1,000万円以下 17,000円
1,000万円超3,000万円以下 23,000円
3,000万円超5,000万円以下 29,000円
5,000万円超1億円以下 43,000円
1億円超3億円以下 43,000円に、超過額5,000万円までごとに13,000円を追加
3億円超10億円以下 95,000円に、超過額5,000万円までごとに11,000円を追加
10億円超 249,000円に、超過額5,000万円までごとに8,000円を追加
・司法書士などに手続き代行を依頼する時の費用
司法書士に手続きの代行を依頼するときは、10~15万円程度の専門家報酬が必要です。ただし、委託する内容によってはさらに高額になることもあります。
||公正証書を作成しない場合の対処法||
公正証書を作成しないで家族信託を実施するときは、次の方法で契約締結と財産管理をおこないます。
・私文書で作成する
・信託専用口座で信託財産を管理する
解説します。
・私文書で作成する
公正証書を作成しないときは、私文書で家族信託契約書を作成します。親しい間柄でも口約束では誤解が生じ、トラブルに発展することがあります。少なくとも私文書として、契約書を作成しておきましょう。
ただし私文書として作成すると、紛失や盗難時に備えられないだけでなく、委託者・受託者・受益者以外の親族などから訴訟を起こされる可能性があります。また、私文書では信託口口座を開設することは難しいため、万が一、受託者が自己破産したときなどには信託財産を失うことにもなりかねません。
・信託専用口座で信託財産を管理する
信託財産を管理する口座を開設しますが、公正証書がないときは信託口口座の開設が難しいため、信託専用口座を選択することが一般的です。信託専用口座は受託者の名義で開設するため、場合によっては正しく財産が管理されない可能性もあります。また、受託者が自己破産したときなどには、信託専用口座の資産も整理の対象となる可能性があるため注意しましょう。
ただし、信託専用口座にもメリットはいくつかあります。信託口口座を開設できる金融機関は多くはありませんが、信託専用口座なら普通口座のためどこでも開設できます。
また、信託口口座を開設するときには審査が必要なため、時間や費用がかかることも珍しくありません。一方、信託専用口座であれば特に時間や費用もかからず、すぐに開設できます。
いかがでしたか。
今回の記事のポイントは以下の通りです。
・家族信託をするときは契約書を作成する必要がある
・家族信託契約書は私文書もしくは公正証書として作成する
・公正証書のほうがトラブルを回避しやすい
・公正証書として家族信託契約書を作成するときは費用が発生する
最後にお伝えしておくと、家族信託は財産を適切に管理するために良い方法ですが、財産管理の方法は家族信託だけではありません。
任意後見制度や民事信託など、他の方法もあります。
より良い方法を見つけるためにも、専門家に相談してみることも必要でしょう。